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2010年5月

2010年5月26日 (水)

教育実習をされる方へ 〈アドバイス〉 所属する学年主任への挨拶を忘れずに!

そろそろ、教育実習の季節です。これから教育実習を始められる方、既に始まった方、色々だと思います。私の学校でも教育実習が始まりました。私は今年、3年生の担任ということもあり、実習生を持っていません。同じ教科の先輩の先生が配慮してくださり、今年は持たないようにしてもらったのです。

そうです。実習をスタートさせるにあたり、所属する学年の学年主任の先生への挨拶を忘れずに。教科でかかわる先生、クラスでかかわる先生には挨拶ができて当たり前ですが、所属する学年の先生方、特に、学年主任への挨拶というのは欠かさず行うべきだと思います。

毎日行われる朝の打ち合わせで必ず顔を合わせるはずですし、学年主任の先生からは1日を始めるに辺り、話があるはずです。

学年主任の先生への挨拶ができない方が多いように思います。このようなことは、社会人として当たり前のことでありますが、最近の実習生の方はその当たり前のことができていないように思います。

「自分のことで精一杯」という状況で実習に臨んでいるように思います。これは行けません。本物の教師として赴任した時と同じように挨拶するべき方にはきちんと挨拶をするという前提を忘れないで欲しいと思うのです。

学生という立場で臨むのではなく、教師という一社会人として実習に臨んで欲しいのです。このブログをご覧の皆様、是非、社会人として最も大切なビジネスマナーを忘れないで欲しいと思います。今年の、教育実習生の様子を見て、強く思っています。

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2010年5月24日 (月)

こどばが溢れた教室こそ「見える教室」

私は学校の見える化、学年の見える化、クラスの見える化をずっと主張している人間です。この主張はこれからも変わらないつもりです。

どんな学校なんだろう?どんな学年なんだろう?どんなクラスなんだろう?それがすぐに分かる、つまり、見える化されている環境こそ、教育の現場には必要だと思います。会社やスポーツの団体には、必ずと行ってよいほど、目標やスローガンが掲げられています。目標やスローガンを見て、団結して一つの方向に向かって進んでいくのです。

学校、学年、クラスもそうあるべきだと思います。だから、クラスの目標やスローガンなどが見える化されている必要があるのです。頻繁に目にすることで、気持ちが引き締まったり、自分たちが取り組んでいることを意識し直したりすることができるのです。

私が勤務している学校では、クラスの見える化が進んでいます。あるクラスには、「夢だったけど 夢じゃなかった」という文字が。これは、ジブリ好きの先生が気に入って掲げたことばのようです。一言で言いたいことが集約されていて素敵だと思いました。

今日、試験監督で行ったクラスには、このようなことばが…
「過去と他人は変えられないが 自分と未来は変えられる!! 自分が変われば 周りが変わる」これも素敵なことば。

さらに、こんなキーワードが書かれていました。信じ合い 信頼 やるき 元気 思いやり チームワーク あいさつ 服装

教室で生徒が毎日目にする位置に書かれていました。

という私のクラスのキャッチフレーズは
Rapport --調和・信頼・思いやりの上に成り立つ強い団結力のある関係ーー

学級目標は
①「社会に貢献しうる品位」のあるクラス(責任感・行動力)
②「自主・自尊のこころ」にあふれるクラス(誇りを持って自ら行動する力)
③「知的探求のこころ」にあふれるクラス(学ぶ楽しさ・面白さ)
④「ホスピタリティのこころ」にあふれるクラス(親切心・思いやりの心・社交性)
⑤「個性を尊重」できるクラス(相手の素晴らしさを認め合う態度)
⑥「メリハリ」のあるクラス(オン・オフの使い分け)
⑦夢を叶えることができるクラス(自己実現・目標達成)
です。

これから教師を目指す皆さん、あなたが担任になった時、どのようにしてクラスの見える化を図りますか?どんな目標を掲げますか?

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〈メモ〉私が高校教師を目指した理由

先日、入職したばかりの新人の先生と話す機会がありました。その時に、「なぜ私が高校教師を目指したのか」について話ました。

世の中には色々な「学校」が存在しています。その中で、なぜ、私が高校教師を目指したのか、それは、「先生のアンカーになりたかったから」なのです。

一人の人の人生において、初めに先生に出会うのは保育所か幼稚園だと思います。教室、クラスがあってそこに担任の先生がいる。成長にともなって、小学校、中学校、高校と進んでいきます。一人の人の人生の中で、出会った担任の先生も増えていきます。

高校の先にも学校はあります。専門学校や大学です。しかし、これらの学校は、ちょっと違います。半ば社会人になった方々が通うところなのです。ですから、クラスアドバイザーがいるところもありますが、高校までのような担任と生徒の密な関係ではなくなるはずです。おそらく遅刻をしても、課題の提出ができなくても、それほど、しかられるということは亡くなるはずです。しかられる以前に、オミットされてしまうのが実情だと思います。

でも、高校は違います。しかりますが、同時に救います。社会に出てから困らないように、多少厳しくなりますが、アドバイスをするのです。

社会にでるまで最終的な「しつけ」ができる場、それが高校なのだとお思います。高校の教師は、いわゆる「学校」で教えるアンカーなのです。だから、私は高校の先生になりたかったのです。その人が人生の中でである最後の担任になりたかったのです。だから、高校にこだわったのです。

そんな話を入職したばかりの後輩に話をしました。

高校で教えている先生方には人それぞれ、高校の教師になった理由があるはずです。私の理由はこれです。

もう少し、詳しく書くこともできますが、この辺にしておきたいと思います。

もし、高校の教師を目指そうと考えている方が読んでいるならば、なぜ、高校の教師にこだわっているのか、じっくり考えてみて欲しいと思います。

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