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2010年5月24日 (月)

〈メモ〉私が高校教師を目指した理由

先日、入職したばかりの新人の先生と話す機会がありました。その時に、「なぜ私が高校教師を目指したのか」について話ました。

世の中には色々な「学校」が存在しています。その中で、なぜ、私が高校教師を目指したのか、それは、「先生のアンカーになりたかったから」なのです。

一人の人の人生において、初めに先生に出会うのは保育所か幼稚園だと思います。教室、クラスがあってそこに担任の先生がいる。成長にともなって、小学校、中学校、高校と進んでいきます。一人の人の人生の中で、出会った担任の先生も増えていきます。

高校の先にも学校はあります。専門学校や大学です。しかし、これらの学校は、ちょっと違います。半ば社会人になった方々が通うところなのです。ですから、クラスアドバイザーがいるところもありますが、高校までのような担任と生徒の密な関係ではなくなるはずです。おそらく遅刻をしても、課題の提出ができなくても、それほど、しかられるということは亡くなるはずです。しかられる以前に、オミットされてしまうのが実情だと思います。

でも、高校は違います。しかりますが、同時に救います。社会に出てから困らないように、多少厳しくなりますが、アドバイスをするのです。

社会にでるまで最終的な「しつけ」ができる場、それが高校なのだとお思います。高校の教師は、いわゆる「学校」で教えるアンカーなのです。だから、私は高校の先生になりたかったのです。その人が人生の中でである最後の担任になりたかったのです。だから、高校にこだわったのです。

そんな話を入職したばかりの後輩に話をしました。

高校で教えている先生方には人それぞれ、高校の教師になった理由があるはずです。私の理由はこれです。

もう少し、詳しく書くこともできますが、この辺にしておきたいと思います。

もし、高校の教師を目指そうと考えている方が読んでいるならば、なぜ、高校の教師にこだわっているのか、じっくり考えてみて欲しいと思います。

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